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Profile

自己紹介です。大学公式のものは、名古屋大学教員プロフィールをご覧ください。

所属

横山 智  [博士(理学) 筑波大学] Satoshi YOKOYAMA

名古屋大学大学院環境学研究科 社会環境学専攻 教授

 学内兼務:情報文化学部 社会システム情報学科 社会地域環境系 教授

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客員研究員・客員教員

京都大学東南アジア研究所 客員教授('13/04~'14/03)

国立民族学博物館 共同研究員('09/10~'13/03)

京都大学地域研究統合情報センター 共同研究員 ('09/04~'13/03)

総合地球環境学研究所 客員准教授('11/10~'12/03)

京都大学東南アジア研究所 共同研究員('09/01~'10/03, '12/04~'13/03)

京都大学東南アジア研究所 学外研究協力者('07/04~現在)

米国連邦政府東西センター(East-West Center) 客員研究員('05/12~'06/09)

総合地球環境学研究所 共同研究員('03/04~'08/03, '09/04〜'11/09, '12/04~'13/03)

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非常勤講師

京都大学 文学部・文学研究科非常勤講師('15/04~'15/09)

椙山女学園大学 現代マネジメント学部非常勤講師('14/04~現在)

南山大学 非常勤講師('09/04~'10/03)

筑波大学 第二学群比較文化学類非常勤講師('07/12~'07/03)

名古屋大学 文学部非常勤講師('07/04~'07/09)

熊本学園大学 経済学部非常勤講師('05/04~'07/03)

東京外国語大学 外国語学部非常勤講師('03/10~'04/03)

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受賞・表彰

2016年度(平成28年度) 日本地理学会賞 著作発信部門 (日本地理学会), 2017年3月28日

第5回(2015年) 地域研究コンソーシアム賞 研究作品賞 (地域研究コンソーシアム), 2015年11月1日

2015年度 地理空間学会賞 学術賞 (地理空間学会), 2015年6月20日

平成25年度 科研費審査委員表彰 (日本学術振興会), 2013年10月31日

第2回 人文地理学会論文賞 (人文地理学会), 2002年11月16日

友好勲章 (ラオス人民民主共和国通信・運輸・建設・郵政省大臣), 1994年04月23日

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学外委員

京都大学東南アジア研究所
「共同利用・共同研究拠点」共同研究委員会委員('14/04~'16/03)

日本学術振興会
科学研究費委員会専門委員(基盤研究等第1段審査委員)('11/12~'12/11)
特別研究員等審査会専門委員及び国際事業委員会書面審査員('10/8~'11/7)

日本学術会議
連携会員(国際委員会・持続可能な社会のための科学と技術に関する国際会議2011分科会)('11/01~'11/09)

熊本県
有明海・八代海再生策検討委員会委員('03/08~'06/03)

国際協力事業団(JICA)
ラオス経済政策支援フェーズ2 農業・農村部会団員('03/04~'05/03)

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所属学会

日本地理学会
代議員(2008~2015年度)
地理学評論編集専門委員会委員(2014年度〜現在)
出版助成委員会委員長(2015年度)
出版助成委員会委員(2013年度〜2014年度)
Geographical Review of Japan Series B 編集専門委員会委員(2010~2013年度)
ネイチャー・アンド・ソサエティ研究グループ代表(2008~2012年度)
広報専門委員会委員(2010~2011年度)
大会役員(2007年度・2010年度)

人文地理学会
協議員(2010年度~2014年度, 2016年度〜現在)
大会準備委員会委員(2006年、2009年)

地理空間学会

東南アジア学会

地理情報システム学会

日本熱帯生態学会

日本人口学会

熊本地理学会

名古屋地理学会

農耕文化研究振興会

The American Association of Geographers (AAG)

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専門分野

地理学(文化生態学・政治生態学)、生業研究、東南アジア地域研究

アカデミック・バックグラウンドは地理学です。地理学と言っても人文地理学から自然地理学まで非常に幅広いのですが、実際にやっている研究内容は「文化生態学(Cultural Ecology)」と「政治生態学(Political Ecology)」です。人類生態学(Human Ecology)的な手法にも興味を持っていて、勉強しています。自然資源利用(Natural Resource Use)とか生業研究(Livelihood Studies)も守備範囲です。既存の学問分野で言えば、農学、林学、生態学とオーバーラップしているということでしょうか...。研究対象地域は、もっぱら東南アジアなので、「東南アジア地域研究(Souheast Asian Studies)」も関わりが濃いです。

地理学の中でも「文化生態学」とか「政治生態学」は、一般的にわかりにくいので、そういうときは「農山村地理学(Rural Geography)」とか「環境地理学(Environmental Geography)」とか答えています。

また、あなたは「文系」なのか、それとも「理系」なのかといった質問もよく受けます。その質問に対して、私は「両方です」と答えています。「文系」か「理系」かなんていう枠組みは、地域を研究する者、また自然と人間の相互関係を研究する者にとって全く意味がないからです。

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私の歴史

成人まで

■1966年に北海道岩見沢市で生まれる。小さいときから悪ガキ。虫を捕るのが大好きだった。 ■夏は野球、そして冬はスキーばかりして、ほとんど勉強せずに中学卒業まで過ごす。 ■家庭の事情から国立釧路工業高等専門学校(電子工学科)に進学。奨学金、ケンタッキー・フライド・チキン、ゴルフ場のキャディーのバイト、そしてパチンコなどを資金源として5年間を何とか留年せずにクリア。

会社勤め

■1986年4月にオリンパス光学工業(現在:オリンパス株式会社)に就職。ビデオカメラ等のセンサーの開発に従事する。就職して5年後、私が関わっていたプロジェクトが終了することになり、これを機に退社。 ■この当時の研究業績が意外なことにwebで見つかりました。テレビジョン学会技術報告 11(28), 1987, pp.43-47IEEE Transactions on Electron Devices 38(5), 1991, pp.1021-1027 ■1990年2月、日本鉱業(現在:JXホールディングス、日本石油と日本鉱業が合併した新会社なので、もとの会社がどうなったのか、私もよく把握していない...)に転職し、化合物半導体の赤外線センサーの研究に従事。転職1年後、またもプロジェクトが終了する。そして、新子会社のSAW(表面弾性波)デバイスの生産立ち上げおよび設計開発の仕事を兼務する。ここまでは、まっとうな人生であった。 ■会社の都合でやりたい仕事が中断されることが何度も続き、会社勤めに嫌気がさしはじめる。このとき、海外逃亡を決意。 ■ちなみに会社務めの時は、業務の一環として何件もの特許を出したが、特許の権利は、会社に帰属しているので、今はどうなっているのか分らない。私が出した特許で会社が儲かっている訳がないので何ら問題は生じない(と思う)...

青年海外協力隊

■1992年1月、青年海外協力隊に参加する。これが、人生の1回目の転機。ブータンを派遣先として希望したが、何故かラオスに派遣される。当時のラオスには大学は無かったが、高校を卒業して入学する大学相当の学校で電子工学を教える。 ■2年間の任期を無事に終える。しかし、この当時のラオスは、国内の移動が厳しく制限されていたので、2年も住んでいたのに、ほとんど首都(ヴィエンチャン)しか知らずに帰国。

再び学生

■帰国後、会社勤めする気は全くなく、とりあえずモンゴルとアメリカを旅行する。一生、世界各地の色々なところを旅行しながら生活したいと思い始める。 ■1995年4月、興味のあった国際関係論、文化人類学、地理学の3つの専門を学ぶことができる大学(埼玉大学教養学部)に編入学。地理学コースに所属する。奨学金、上野駅の特急ホームのKIOSKと家庭教師のバイトを資金源としながら何とか生活する。結構、真剣に勉強した(と思う)。 ■1996年8月、何故か大学院を受験することにする(地理学者とか文化人類学者になれば、旅行しながら給料がもらえると勘違いしていたのだと思う...)。これが、結局、人生の2回目の転機だった。

なぜか大学院

■1997年4月、筑波大学大学院博士課程(5年制)地球科学研究科地理学・水文学専攻(現在:筑波大学大学院 生命環境科学研究科 地球環境科学専攻)に入学(入院?)。家賃1万3千円の農家の長屋門に住む。中古パソコン屋さんでバイトしながら極貧生活を送る。 ■1999年3月、修士論文を提出。 ■2000年9月に結婚する。 ■運良く文部省のアジア諸国等派遣留学制度にパスし、2000年10月から再度ラオスに行く。配属先はラオス国立大学社会科学部地理学科、立場は研究員。道路もない山奥の僻地で研究をする。 ■2002年10月、派遣任期が終了し帰国。指導教官から、帰国後3ヶ月間で博士論文を提出せよとの指令を受け、地獄の3ヶ月を経験する。 ■ラオスに居たときに公募書類を提出していた熊本大学から採用の知らせが届くが、結局、着任前に学位は間に合わない。2003年3月筑波大学大学院中退(博士号取得は2003年6月)。

大学勤務@熊本大学

■2003年4月、熊本大学文学部講師に着任。着任1年目は講義準備でまったく研究時間がなかった。したがって、2003年の研究業績はほとんどゼロ(涙) ■2003年12月、長男誕生。名前はメコン川にちなんで「大河(たいが)」。 ■2年目から少しずつ研究時間を作る要領が分かってきた。そして科研も採択され、それなりに研究もできる環境になる。 ■2005年、講師から助教授。 ■2005年12月、ハワイ州ホノルルに位置するアメリカ連邦政府のEast-West Centerの客員研究員として海外研修。 ■2006年9月帰国。研究だけの生活から一変して講義と雑務に追われる日々に逆戻り。 ■2007年4月、助教授から准教授に職名変更(実際は何も変わっていない)。 ■2007年6月 次男「賢士郎(けんしろう)」誕生。名前は賢く男らしくということで命名。 ■2007年10月、日中韓若手地理学者シンポジウムと日本地理学会を熊本大学で連続開催することになり、改めて厄年であったことを実感する。 ■2009年3月、熊本大学退職。送別会で学生から頂いたプレゼント(私のために作ってくれたDVD)は、一生の宝物です。ありがとう!!

大学勤務@名古屋大学

■2009年4月、熊本大学から名古屋大学に異動。講義中心の生活から、研究中心の生活へ。 ■2009年10月、私が着任する前に申請していたG-COEプログラムの『地球学から基礎・臨床環境学への展開』が採択され、ラオスがオンサイト・リサーチ・トレーニング(ORT)の対象地域となっていたため、必然的に事業推進担当者としてG-COE事業に加わる。 ■さらに、人文地理学会(2009年)と日本地理学会(2010年)を名古屋大学で開催するなど、忙しい日々を送る。 ■熊大から名大への異動は総合的にプラスだった(と思いたい)。 ■2011年10月、総合地球環境学研究所の基幹FSプロジェクトに採択され,客員准教授を併任する。 ■2012年4月、総合地球環境学研究所の基幹FSプロジェクトのプロジェクトリーダーを組織の人事上の問題から辞退。平穏な生活(!?)に戻った。■2012年11月、准教授から教授。■2013年4月、京都大学東南アジア研究所の客員教授となり同年8月から3ヶ月間、京都大学東南アジア研究所バンコク連絡事務所の駐在員としてバンコクで生活。再び名古屋に戻り、現在に至る。

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