終了したプロジェクト(Prelic 1)について

課題名
ラオスの小規模社会集団における人口動態・再生産・生業変化の相互関係の解明 (Prelic 1)
研究費種目
日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(A)(海外学術)
期間
2013年4月1日〜2017年3月31日

研究の背景

ボズラップによる農業発展段階論と現実世界

人口変動、再生産、生業変化の相互関係の把握は、グローバル化時代の人類の生存基盤を考える上で極めて重要な研究です。しかし、生存基盤に関わる人口と食料といった問題に関しては、人口の増加に伴って人びとは農業集約化を進展させるとしたBoserup(1965)による農業発展段階論しか示されていません。実際、人類は農業集約化を進展させ、過去40年間で穀物生産を倍増することに成功しました。そして、計算上は世界の全人口に十分な食料が行き渡ることになっています。ところが、現実には8.7億もの人びとが栄養失調の状態にあります。これは、国家スケールでの統計を用いて人口変動と食料供給の関係を論じても、それは机上の空論に過ぎないことを表していると言えます。

Boserup, E. 1965. The Conditions of Agricultural Growth: The Economics of Agrarian Change under Population Pressure. Chicago: Aldine. [ボズラップ, E. (安沢 秀一, 安沢 みね 共訳) 1991.『人口圧と農業―農業成長の諸条件』ミネルヴァ書房.]

小規模な社会集団を分析する重要性

実際の人びとの営みは、小規模な社会集団を基本単位として繰り広げられています。しかも、近年はグローバル化に伴う情報化や近代化が一層進んでおり、家族計画が浸透し、公衆衛生も改善されており、食料生産だけが人口を規定する要因になっていません。したがって、人口と経済・社会・文化・疾病・衛生との関係、およびそれらが人口動態に及ぼす研究が求められています。しかし、先進国のような住民登録制度が整い、国勢調査が実施されている国々を対象とした研究成果は蓄積されているのですが、各種統計の整備が遅れている新興国や途上国を対象とした研究はほとんど実施されていません。現在、世界人口の多くが新興国・途上国で占められており、それらの国々の小規模社会集団の動態把握が人口を扱う様々な学問分野の関心を引いています。

これまでの問題点

ところが、統計未整備国の集落において個人単位の完全なデータを取得するには、多くの労力と時間が必要とされるため、これまでは生業変化の断片的な情報から人口変動の要因を推測することしかできませんでした。本研究プロジェクトのメンバーによるタイとラオスの集落を対象に実施したサンプル調査では、出生率低下の原因は、家族計画と医療・公衆衛生の普及のみならず、若年層の出稼ぎによる晩婚化も関係していることが示唆されました。また、ラオス南部の集落で実施した本研究プロジェクトの事前調査では、出稼ぎが進展した要因には、分割相続によって農地が細分化され、一人あたりの経営耕地面積が縮小していることも関係していることが分かりました。すなわち、人口と生業変化だけではなく、世帯の再生産も含めて、各要因は相互に関係しあっており、各要因間の相互関係の分析が小規模社会集団の動態把握には欠かせないのです。

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プロジェクト準備

そこで、これまで小規模社会集団の生業変化、人口動態、ライフコースなどの解明を実施しているメンバーが集まって何度か研究会を開催し、さらにラオスでの事前調査を実施して、本研究を着手する準備を行ってきました。ラオスは、移行経済の最中で急速に貨幣の重要性が高まっており、現金獲得のために生業構造を変化させている社会集団がある一方で、未だに完全な自給自足的な生業を営む社会集団も多くみられます。同じ国民国家の枠組みで異なる生業構造を有する社会集団を対比させながら、人口、再生産、生業変化を論じることができるラオスは本研究プロジェクトで最も適した地域であると言えます。

研究目的

そこで本研究では、ラオスにおいて、自給的な天水田を営む地域および焼畑を営む地域の2つを対象に、人口動態・再生産・生業に関する各要因間の相互関係(右図)を分析し、どのような変数が小規模社会集団の動態に影響しているのか解明することを目的としました。この目的を達成するため、ラオス側のカウンターパート機関と共に対象とする小規模社会集団の全構成員を対象に、個人単位での出生・死亡・婚姻・移動・教育・夫婦間の性交渉・収入・支出などのデータ、さらに農地一筆単位の土地所有データを過去に遡って取得しました。ラオスは、過去にベトナム戦争による動乱と社会主義化、そして移行経済などの重要なイベントが含まれており、政治・経済・社会の変化に伴い、人びとがどのような対応をしてきたのか、人間と社会の関係の総合的な解明が可能となります。

研究の意義

本研究は個人レベルでのデータ分析を通し、ライフコースや土地の獲得戦略、経済的な地位、都市・農村間の移動と出生力との「具体的な因果関係を検証する」こと、そして小規模社会集団の動態に影響する変数を解明する点に特徴があります。個人レベルのデータは、それより上の集団レベルのデータに容易に接合することができ、幅広い応用も期待されます。

ラオスのような後発開発途上国では、いままさに工業化や情報化が始まろうとしていますが、これまでは近代的な経済社会との関連を強く意識されずに研究が行われてきました。ラオスの小規模社会集団のような伝統的社会を対象に近代的な経済社会の枠組みをいかに組み込んで分析をするかが問われており、今回の研究には大きな意義があります。さらに、新興国・途上国では、各種統計の精度を検討したりするなど、統計に取り組んでいる自国の研究者が非常に少ないのが現状です。今回、現地の研究者や政府機関の実務家と共同で作業することで、統計から理解できること、現地で実態を調査しないと理解できないことなどを議論し、ラオスの統計の精度向上や統計利用技術向上などにつなげられることにも意義を見いだすことができます。

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研究方法

「生業班」、「人口変動班」、「再生産班」の3つの班を構成して、ラオスの2つの小規模社会集団を対象に、生業、人口変動、再生産に関わると考えられる様々なデータを取得するための現地調査を4年間実施しました。さらに、各要因は相互に重なり合っており、調査項目に関しても重複するため、全メンバーが研究の進捗や問題点などを報告し、情報を共有するための共同研究会を年2回程度開催することで情報の共有化を図りました。

対象地域

ラオス中南部(右図)のサワンナケート県ソンコン郡で自給的な天水田を営む「調査地1」およびセポン郡で自給的な焼畑を営む「調査地2」を選定しました。生業形態の違いから両地域を比較することも試みました。

「調査地1」は、自給的な天水田を主業とするラーオ族で、タイへの出稼ぎが多くみられます。ラオス中南部の中心都市であるサワンナケート市街地からおよそ1時間の距離ですが、サワンナケートへの通勤者はいません。「調査地1」からは、バンコクに多くの出稼ぎに出ていることから、バンコク周辺でも調査を行いました。

「調査地2」は、自給的な焼畑を営むモン・クメール語派の少数民族のマンコン族の集落です。タイへの出稼ぎは見られず、現在でも自給自足的な焼畑耕作で食料を自給し、林産物採取などで現金収入を得ています。

研究成果

成果は、人文地理学会、日本地理学会、日本人口学会、International Geographical Union (IGU)などで、研究成果を公表いたしました。これまでのプロジェクトの年度報告書と成果に関して、ご関心を持って頂いた方は、日本学術振興会『KAKEN』にアクセスしてください。